Masuk「あのあのっ、朝は失礼いたしました。私、学園パトロール隊の隊長さんになったのですが、お願いがあります。ぜひ入隊してくださいっ」
「オッケー!」
「はわわ!? 即決ですか!?」
ぶらぶら歩いていたら、ルリアンにばったり会った。そして予想通り、隊への勧誘をされた。ゲームで展開を知っているせいで、まるで預言者にでもなった気分だ。
ルリアンは驚いて目を大きく見開いている。素直で明るく相手を否定したりもしない、ほわほわした雰囲気の癒やしキャラだ。
この子相手なら何を言っても大丈夫だという前世の記憶が、俺の心を大胆にさせる。
「ふふん、ルリアンちゃん。俺様は王子、全てお見通しだ。君は学園長に『魔力の強い者が集まるこの学園では不可思議な現象も起こりやすい。首席の君には学園のトラブル対応に一役かってもらいたいんだ。メンバーの選定は任せるよ。ちょうど、今までのメンバーが卒業してしまってね』なんて言われたんだろう。そしてさっき通りすがりのリュークにお願いして了承してもらい、手分けしてメンバーになってくれる奴を探している。リュークは君に言ったはずだ。『さっき一緒にいた俺なら、すぐに了承してくれる』ってね!」
ビシッと親指を立てて決めてみせる。
ゲームでは全員が集合した時に、まさにさっきの俺の「オッケー!」なシーンが回想されていた。
あ、あれ?
黙っちゃったぞ?
もしかして、突然饒舌になるオタク特有のムーブをかましてしまったか? 引かれているのか?
「は、はわわわ。すごい……! 王子様ってすごいんですね! こんなにすごいと思ったのは、生まれて初めてかもしれません!」
よかった、驚きで固まっていたんだな。
やはり、ルリアンだ。
「ふふん。まぁね」
「すごい、すごすぎです!」
「もっと褒めてくれてもいいんだぜ」
ルリアンにキラキラした瞳で「すごい、すごい」と連呼されると、つい調子に乗ってしまう。目立ちたくはないけど、尊敬されるのは気分がいいよね! ルリアンはうっかり失言しても、全てを受け入れてくれると知っているから安心だ。
――パシーン!
突然、頭を横からはたかれた。はたいた扇子でパタパタと自分をあおいでいるのは、ラビッツだ。
「いてぇよ!」
「なに鼻の下のばしているのよ、気持ち悪い」
再登場のタイミングがよすぎる。これがギャルゲーの力なのか。それとも、さっき立ち去ったと見せかけて密かに俺をつけていたのか……どっちだ。
「まさか俺のストーカー!?」
「婚約者でしょうが!」
またはたかれる。
ああ……ゲームでお馴染みの、やけに豪奢な兎柄の扇だ。
「あのぉ。婚約者さん、ですか?」
「その通り。俺様の婚約者、ラビッツ・ロマンシカだ」
……そういえば、王宮では俺様キャラを演じないと病気かと心配されたけど、ここでは必要ないかもしれないな。我ながら痛々しいし、控えめにしておくか。
「はわわ。ルリアン・ウィービングと申します。ラビッツ様ですね、よろしくお願いします」
ま、緊張するよな。将来の王妃だ。そして俺は将来の国王陛下……深く考えると胃が痛くなるからやめておこう。
「……よろしく。もっと楽に呼んでちょうだい」
「え、えっと。それなら、ラビッツさん」
「俺のことも、ニコちゃんでいいからね」
「はい、ニコラさん!」
「思いっきり、スルーされた!?」
「あはは」
おお……画面越しでしか見られなかったルリアンが可愛く笑っている。おバカキャラもいいな。俺がちょっとおどけるだけで、こんな笑顔が見られる。
――スパーン!
「だから鼻の下をのばすのは、やめなさいよ」
「いてぇよ!」
ゲーム同様、バンバン叩くよなー。
さっき会った時に扇子で叩かなかったのは、単純に入学式のために鞄にしまい、そのままだったのだろう。今はもう制服のポケットに差してある。
「あのぉっ……」
うぉぅ、ルリルリがラビッツを誘ってもいいかなと媚びるように俺を見て……!
「ああ、ラビッツも誘おう。ラビッツ、お前も学園パトロール隊の一員だ」
「いやよ」
……そこもゲーム通りにするのか。あの神台詞まで真似したくらいだから予想はしていたが。
ラビッツは、このあとリュークの度重なる説得に折れて入隊する。ルリアンへのみみっちい嫌がらせに対する謝罪も兼ねてではあるものの……そこまでゲームの真似をするのかは、分からないな。
「ニコラさんっ、いきなりはよくないです。学園パトロール隊が何をするのかを説明しないと、誰もはいとは言えません」
「大丈夫だ。俺とラビッツはツーカーの仲なんだ。何も言わなくても念力で全てを理解している」
「はわわわ〜!? そうだったんですか、さすがです。世の中、不思議だらけですね」
ギャルゲーのヒロインは口癖が決まっていることが多い。ルリアンはオーソドックスに「はわわ」だ。ラビッツはツンデレが癖みたいなものか。「寂しいのは嫌い」という台詞が多用されるが……俺に言ってくれるシーンはなかった。
「そうだよな、ラビッツ!」
「はぁ……そうね」
「安心しろ、ルリアンちゃん。ラビッツのことはリュークが説得してくれる。そのうち必ず入隊するから大丈夫だ。それより他のメンバーを探しに行こうか」
「は、はい。分かりました。お願いします」
むんっと、ルリアンが気合を入れる。やっぱりメインヒロインだけあって可愛い。
探すと言っても、他のメンバーはリュークが見つけてくるからな。俺たちは何も成果がありませんでした状態でリュークと合流することになる。それを分かったうえで、探さないといけないわけで……。
「ルリアン嬢はどこに行きたい?」
「へ?」
あ、ゲームではルリアンちゃんと呼んでいたのに間違えた。女の子に「嬢」をつけるのはもう癖になっている。まぁいいか。これから名前を呼ぶことも多いだろう。ゲームみたいに時間は飛ばないし、普通の呼び方にしておこう。
「ルリアン嬢が行きたいところに行こう。どうせ探すなら、君が一番魅力を感じる場所がいい」
ルリアンは実はちょっと可哀想な子だ。両親を事故で亡くし、早く家を継げるようにと健気に頑張っている女の子だ。貿易で成り上がった富裕層の家で、今は祖父母が実権を握っている。『いつ倒れるか分からないから、早く一人前になりなさい』と厳しい教育を受け、友達と放課後に遊ぶことさえ許されなかった。だから、寮で生活できるこの学園が、仲のいい友達をつくる最後のチャンスだと考えている。
「え、えっとえっと、そうですね……」
「待ちなさいよ」
「ん? ラビッツはどこかへ行くんだろう?」
ゲームでは、この後ルリアンと俺の二人でリュークと合流したはずなんだが。一緒に来るつもりか? いや、来ないよな。さっき断ったもんな。
「はぁ!? あんた、婚約者がいながら他の女の子を口説くなんて、どういうつもりよ」
「ええ!? 口説いてないぞ。な、ルリアン嬢」
「はい。えへへ、ニコラさんとラビッツさんはお似合いですね」
「おう!」
馴れ馴れしくしている自覚はあるから、そう見えたのかもしれない。仲間意識も芽生えたしな。
「…………」
あれ、ラビッツに睨まれた。なんか殺意まで感じるくらいだぞ? あ、そうだった。ラビッツはリュークを狙うとか言ってたな。ここは……苦しいが、ラビッツのために否定しておくか。
「ま、間違えた。お似合いじゃないのかもしれない。えっと、腐れ縁だ」
「えー、お似合いですよ〜。念力でツーカーの仲なんですよねっ」
「ま、まぁな」
不用意な自分の発言のせいで、迷走しているな。少し深呼吸して落ち着こう。
ラビッツは何を考えているのだろう。黙ったまま、ついてきているが……。
女の子の考えていることは分からない。前世でもそうだった。そういえば、ギャルゲーの女の子は感情が分かりやすいよな。だから男向けなのか。だとすると、前世持ちのラビッツは、俺にはかなり手強いんじゃ……。
チラッと振り返る。
「なによ」
「後ろじゃなくて、横に並んだらどうだ?」
「……私に指図しないでくれる?」
そう言いながらも俺の隣に来た。
ものすごくピリピリしているけど、わざわざ近づいてきてくれるのは、かなり嬉しい。
誰か、今の親密度を教えてくれー。
そんなことを願いながら、俺は再び足を進めた。
――ピコン。 スマホの通知音が鳴った。 心臓が跳ねる。通知のアイコンには、小さな「①」。……ダイレクトメッセージだ。 誰からだ? フォロワーはまだ十人もいないのに。 俺がSNSを始めて三日。 名前は『転生人』。バナーには『平均身長を超えた』とデカデカ書いておいた。実際に今の俺の身長は、平均を超えている。これはもう間違いなく遺伝の影響だろう。親に感謝だ。 アイコンは、さっき変えた。 ウサギのフリー素材にしていたものの、オリジナルの「平均身長を超えたTシャツ」が届いたからだ。それを写真で撮ってアップした。 プロフィール欄には、いかに俺があのゲームを愛しているかを熱く語り、最後にこう書いた。 「こちらはニコラ×ラビッツを愛でるためのアカウントです」 昨日、『#今日も可愛い俺の嫁ラビッツ』というハッシュタグをつけて、二コマ漫画を投稿した。 一コマ目には「俺、もう我慢できないんだ!」と叫ぶニコラ。その背景に「キスしたいキスしたい」と心の声を並べた。二コマ目には「婚前交渉は駄目だからっ!」と真っ赤になって慌てるラビッツ。 憂いが晴れ、明るい未来を誓い合った、あの日のひとときだ。 もちろん、固定にした。 俺がかつての記憶を思い出したのは偶然だ。たまたまあのゲームのイラストを目にしたから、プレイした。あれを見ていなかったら何も思い出せないままだった。 今の彼女に偶然会えたとしても、俺のことを覚えていない可能性の方が高い。そのまま、すれ違ってしまう。 もし思い出してくれたなら――、俺との再会のきっかけになりますようにと。そう願って、アカウントを開設した。 震える指で、画面をタップする。 ▷はじめまして。漫画、見ました。私はあのゲーム、もう一つのアナザーストーリーがあってもいいと思っています。リュークとセイナが結ばれる未来。あなたは、その未来を知っていますか? 読んだ瞬間、頭が真っ白になった。「……ラビッツ……?」 名前を呼んだ途端、涙がぶわっと溢れた。必死に拭っても止まらない。 震える指で文字を打つ。▷知っています。セイナは天に還ったあとにもう一度あの世界へと現れ、ラビッツがセイナを義理の妹にしてくれて、彼らは結婚した。 すぐに、返事が届く。▷ニコラが動いてくれたから。「ラビッツだ!!!」 思わず叫んだ。 胸
私がおばあちゃんの歳の離れたお姉さん――という関係の親戚の家の片づけを手伝うことになったのは、偶然だった。 高校に入る前の春休み。親戚が集まって、古い家の荷物整理をしていた。「あの子の部屋は二階の突き当たりらしいわ。行ってらっしゃい。私たちはまず、一階を片付けるから」「……うん」 おばあちゃんのお姉さんは、もう八十歳後半。家事をしによくその息子夫婦――つまり私のお母さんの従兄弟とその奥さんがここに来ていたらしいけど、施設に入ることが決まった。旦那さんが入っている施設に空きが出たので、そこで一緒に過ごせることになったらしい。 さっき布団で横になっているそのおばあちゃんに挨拶はしたけど、「元気かい。むかぁし、一度会ったことがあったね。今日は来てくれてありがとね。元気かい。むかぁし一度会ったことがあったね」と同じ話を何十回も繰り返していた。 一番、何度も繰り返す話は一つ。「颯太のね、漫画とか持ってってやって。大事にしてたんだよ。大事にね。でも颯太は男の子だからね。好みが違うかもしれんね。そしたらあの子にあげるからあの、あの――、助けた子にね。トラックから守ってやったんだよ、颯太がね。颯太のね、漫画とか持ってやって。大事にしてたんだよ」 その言葉を、何度も、何度も、涙をこぼしながら繰り返していた。私は黙って頷くことしかできなかった。 気持ちが重いし、遺品だと思うと正直あまり持って帰る気にはなれない。お母さんから「生きていた時のあの子の痕跡を残したいって気持ちが強いみたい。一冊でも選んでくれたら、たぶん気が済むと思うから」と説得されてここに来た。お母さんの従兄弟の子供はもう成人しているし、家も近いからという理由で、私にその役目が回ってきたというわけだ。 トントンと階段を上り、二階の部屋へ。 扉をギギィと開ける。 静かな、少し埃っぽい空気。 机の上には古そうなタブレットや勉強道具。 クローゼットには、学校の制服。「……本当に、そのままにしてたんだ」 どこか、懐かしい匂いがした。 理由は分からない。本の匂いかもしれない。なぜか胸がざわついた。 たくさんの漫画がギッシリと本棚に入っている。古いパソコンも置いてある。すぐ横には、ヘッドホンとゲームと、その設定資料集……? その表紙を見た瞬間――胸がドクンと鳴った。『星が空へと昇る世界で 〜L
春休みも残り一週間。 俺――白石|晴真《はるま》は、鏡の前で決意を固めていた。「よし……高校デビュー、完璧に決めてやる!」 笑顔の練習、髪のセット、完璧だ。本番もこの調子でいこう。……なぜか母さんが廊下から覗いている。「晴真、今日はどこかに行くの?」 「行かない。これから惰眠を貪るところだよ」 「そう……。さすがに入学式では整髪料をつけないでよ」「最初が肝心なのに」「まったく。お母さんの椿油を貸してあげるから」「仕方ねーなー。入学式はそれで我慢するか」 ばばくさい。と思っても言わない、やさしい男なのだ、俺は。 ――ガチャリ。 玄関の扉の音がする。「おーい晴真。大量の漫画をもらって来たぞー」「やったぜ」「あら、惰眠を貪るんじゃないの?」「漫画のが大事だ」 父さんは昔、幼い頃にトラックにひかれそうになった。それを男子高校生が助けてくれたという。その人は亡くなり――、毎年、父さんは線香をあげに行っていた。そのご両親も高齢になり、家を処分することになって、「あの子の遺したものを息子さんに」と譲ってもらったらしい。 遺品だと思うと少し怖いものの、漫画は読みたい。読み終えたら、父さんの部屋に置いといてもらおう。「まだまだあるぞ。車に積んである。一緒に運んでくれ」「マジか」 漫画好きの男子高校生だったのかもしれない。目の前で小さな子がトラックにひかれそうになっていたとして、俺に助ける勇気は正直、ないと思う。 漫画好きの、すごい人だったんだな……。 しばらく父さんと一緒に段ボールを運び込み――。「すごい量だな……」「お前の春休みが潰れるな」「望むところよ!」「特に面白いのは、父さんに教えてくれ。読みたいからな。あ、汚すなよ」「もちろんだよ。化けて出られたら困る」「……化けて出てくれたら、お礼が言えるんだけどな」 父さんの声が少しだけ沈む。 今のは失言だった。「申し訳ありませんでした」と心の中で父さんの命の恩人に謝る。それから、早速ひょいひょいとカッターナイフを持ってきた。「……開けてみてもいい?」 「まったく、開ける気満々だろう。いいぞ」 テープを切ると、やや黄ばんだ漫画がぎっしりと詰まっていた。折れもなく状態はいい。几帳面な人だったんだろう。 うむ。これはいい品揃えだ! 読んでみたかった昔の大ヒット作が
授業も始まり、セイナがいるのも当たり前となり、日々の流れが少しずつ落ち着いてきた頃。俺とラビッツは湖へと足を向けた。 春の光が水面に反射し、柔らかな風が俺たちを包む。二人だけの静かな時間だ。誰かが来てもいいように、木陰で人目を避ける。「ラビッツ、ありがとな。いろいろ」「なによ、あらたまって」「たくさん助けられたなって」「そんなの……私だって」 ラビッツの左手の薬指には、いつも通り俺のあげたビーズリングがはめられている。決して高価ではないのに、大切にしてくれているのを感じる。「手、繋いでいいかな」「……っ、皆の前では繋がないんだからねっ」「分かってる」 俺がどうしてここに来たか。 それは、秋から一度もしていないキッスをしたいからだ!!! と、叫びたいけど叫べない。 ムードづくりゼロ点と言われるのが目に見えているからな。一応、木陰まで来るのも拒否はされていないし、俺の気持ちを察してくれている……のかもしれない。「ほんとに感謝してるんだよ。今を迎えるために、ラビッツにはたくさん支えてもらった」「……あんた、よく泣いてたもんね」「涙腺弱いんだよ! 悪いかよぅ」「私も弱いし。悪くはないわよ」 リュークとセイナが想いあっていることに気づいてから、どうしても耐えられず……ラビッツと一緒にダンスを練習したあの部屋で、実はよく泣いていた。俺が「あとから寮に戻るよ」と言って離脱するとラビッツもついてきて――、一緒に泣いていた。 はー……、かっこ悪い。 いや、ここでしょぼくれてはいけない。そう、今こそムードづくりをすべき時なんだ。「俺、もうほんとに何度も何度もラビッツのことが好きだと思って。暗くなりそうな時にも明るい気持ちにさせてくれるしさ」 ラビッツの顔がだんだんと赤くなる。「笑った顔も、怒った顔も、拗ねた顔も、全部大好きだ。全部愛しているんだ」「う、うん」 ラビッツの両肩に手を添える。「ほんとにさっ、すごくすごく好きでっ……」 我ながら語彙力が消え失せている自覚はある。可愛いラビッツを見ていると、頭がおかしくなる。「ずっと我慢してた。今はそんな時じゃないって。先のことを考えて辛かったのもあるけど、やっぱりラビッツのことが好きだから何もしないのも辛くて」 語彙力皆無だな!? 気持ちは伝わってると信じよう。「ま、待って。落
「それでは、あらためましてセイナちゃん、戻ってきてくれてありがとうございます!」 ルリアンの言葉に皆がわーっと拍手する。 今は始業式が終わり、パトロール隊の部屋へと皆で集まったところだ。 始業式のあとは、セイナはしばらく身動きが取れなかった。あっという間に生徒たちに囲まれて、泣きながら抱きしめられたり、手を握られて質問攻めにされたり。「ただいま」と笑って返すセイナの姿に、あぁ、本当に戻ってきたんだと誰もが実感していた。 そして今。 セイナは再び、仲間たちと共にここにいる。「ありがとうだよぅ。皆待っててくれて、安心しましたっ。それに、授業も履修登録されていてびっくりです」 選択した履修登録表は、全員がさっき受け取ったばかり。ルリアンと同じ授業がとれるように、俺が休み前に学園へ頼んでおいた。 授業は明日からだ。「もうっ、また丁寧語に戻ってるわよ。緊張しないで」 ラビッツもにこにこと嬉しそうだ。「うぎゅぅ。実は少し記憶にあやふやなところがあって……だから緊張するの。皆のことが大好きって思いは強いんだけど」「はわわ。じ、実は私もです。セイナちゃんが大好きって気持ちは強いんですけど」「……私もそう」「にゃーは結構覚えてるにゃん。ただ、オリヴィアにゃんは……」「ええ。残念ながら、私も記憶にあやふやなところがあるわ」 やっぱりそうか。 思念品の場合は、本来もうなかったものだからか、そのもの自体の記憶は浄化するとあやふやになる。俺も、ラビッツとのラッキースケベなアレコレの記憶は鮮明に覚えているものの、ベッドの色や形は既に朧げだ。 思念品ではなく思念体側も、そうなのかもしれない。 ただ……セイナのことを俺はまだ鮮明に覚えている。ラビッツも、何も言わないということは覚えているのだろう。理由は分からない。この世界とは別のところで彼女を知っていると、そうなるのだろうか。 リュークが穏やかに笑った。「ま、これからいくらでも時間がある。忘れられない思い出を、また一緒につくっていこう」 その一言に、ふわっと皆に笑顔が広がった。 ここにいる。 また、皆でいられる。 その実感が、じんわりと部屋を満たした。「初日だし、セイナは二人きりになりたいんじゃない? 遠慮なくイチャイチャしてきていいよ」 ベル子が天井を指さした。 屋上でってことだな。「
少女は、突然そこへと降り立った。まるで長い夢から、やっと目を覚ましたかのように。「ここは……?」 かつて、約束を交わした場所。 少女はその外にいた。 決して出られなかったはずの、門の外側に。 ふと胸に手を当てた。 鼓動が聞こえる。 懐かしい命の息吹が、そこにある。 ——みんなが、呼んでいる。 少女を縛っていたはずの門。 その向こう側には、光がある。 皆の笑顔が。 楽しかった時間がそこにある。「行かなきゃ」 一歩、また一歩。 少女は駆け出した。 髪が風に舞い、真新しい制服の裾がひるがえる。春の空気が、やさしく頬を撫でた。 校舎が見えてくる。 鐘の音が響く。「——待ってて」 みんなはいるだろうか。 わずかな不安と期待。 息を切らしながら、涙が滲む。 ――会える、会える、また会える! 少女は走り続ける。 薄い水色のツインテールを左右に揺らしながら。黄色いリボンをぴょんぴょんと跳ねさせて。「セイナ・ラミエルさんですか」 やや興奮した様子の職員に話しかけられた。「は、はいっ」「ホールで始業式が行われています。着きましたら、そのままお入りください」「はいっ! ありがとうございます!」 ひたすら走る。息が切れても足は止まらない。ホールの前に辿り着くと、またも職員さんが涙ぐんだ顔で立っていた。「……セイナ・ラミエルさん、ですね」「はいっ」 職員は深くうなずいた。「行ってください。今は学園長の話の最中ですが、どうぞ遠慮なく中断していただいて結構です。そう承っています」 少女の胸がどくんと跳ねる。 ――みんな、待っててくれたんだ。 両手を胸の前でぎゅっと握る。 涙をこらえて、小さく息を整えた。「行って……きます」 少女はゆっくりと一歩を踏み出した。重厚な扉の前に立ち、取っ手に手をかける。冷たい金属の感触が、今この瞬間が現実なのだと伝えてくる。 小さく呟く。「——ただいま」 扉を勢いよく開いた。 目を見開いた生徒たちの視線が、その少女に注がれる。学園長が言葉を失い、そして――、「セイナッ!!!」 リュークの声がホールに響いた。 誰もが道を開け、リュークは彼女の元へ一直線に向かう。 ――どれほど、この瞬間を夢に見ただろう。 何度、届かない空を見上げただろう。 今は見えないその光を探すよ